「跡の前」ってなんだろう。時間的に受け取るのであれば痕跡が残される瞬間までの事象、空間的に考えれば痕跡の前方という位置情報を指し示すことになるでしょうか。“跡”が何であるかが特定されてない以上、どちらの意味においても、スナップショットの果てしない積層を連想させます。そこにあった物、そこにいた者、そこで起きた出来事。“跡”の形成に至るまでには、無限の“跡”が必要です。その“跡”もまた、必然的に異なる“跡”へのルートとなる。粟津潔邸というロケーションでの「跡の前」は、名称からの連想が(本来の意味で)抽象化され、ダイレクトに知覚できるパフォーマンスでした。

Nick Hoffmanさん、Tim Oliveさん、宇波拓さん、Utah Kawasakiさんら名インプロヴァイザーとのコラボレーションや、大城真さん、矢代諭史さんと組んだトリオ・夏の大△での活動などで知られる川口貴大さん(「Botany」という自家製サワー・バーの店主でもある)は、日用品をカスタムした何かや自作の機構を備えた何かを用いて発生させた音を移動しながら会場内に配置してゆく、ヤンキーホーン(単車やデコトラなどに装備されている爆音のアレ)をエアコンプレッサーと手動の(不確実性を伴う)バルブで操作するといった演奏が強烈な印象を残す音楽家。本公演の舞台である邸宅の主・粟津潔さんとの親交が深かった一柳慧さん、小杉武久さんらが切り拓いてきたフィールドの当代におけるフロントラインにいらっしゃる人物と言って差し支えないでしょう。近年は点滴の滴下数や液体の降着までの距離をコントロールし、貯水量や降着地点の差異を利用した演奏/作曲を試みていますが、初期の代表的なカスタム日用品・キッチンタイマーと比較しても、時間と空間の相違と合致を浮き彫りにするという点においてスタイルは一貫しているのかもしれません。それが“何であるか”ということに対して徹底的に意味性を付随させないという点も際立つ特徴です。

嶺川貴子さんについては、1990年代初頭より音楽活動を継続していらっしゃる上、その表現手法がしなやかに変化しているだけに、受け手に応じてそれぞれの嶺川像というものがあるかもしれません。カヒミ・カリィさんのコラボレーターとしての嶺川さん。L⇔Rの一員としての嶺川さん。The Space Ladyに連なるであろう、ストレンジなDIYベッドルーム・ポップスのパイオニアとしての嶺川さん。Dustin Wongさんとのデュオでの痛快かつエクスペリメンタルな嶺川さん。そして渡米から帰国後の現在に至るまでの静謐な音響作品を手掛ける嶺川さん。スナップショットを切り出せば異なる姿のように見えますが、川口さん同様、根底では一貫しているのではないでしょうか。筆者は本公演終了後、約30年前に嶺川さんが歌った「風の谷のナウシカ」を聴きながら家路に就きましたが、とてもしっくりと、染み入るものがありました。アウトサイドな視点、ファンタジックな感覚、生々しい現実の息遣いとが融け合うような作品をシームレスに作り続けていらっしゃるように思います。その背景には、嶺川さんがかつて、音楽の世界に足を踏み入れる以前の幼少期を、演技の世界で過ごしたという事実も反映されている気がしてなりません。岩下志麻さん演じる主人公の幼き姿に嶺川さんが扮した映画『はなれ瞽女おりん』(1977, 篠田正浩監督)の美術を、粟津潔さんが務めていたという偶然を抜きにしても。

「跡の前」は、両者による表現の綿密な合一というよりは、両者がそこにいて振る舞うことで生じる何か、と言うほうが正解であるような気がします。川口さんも、嶺川さんも、各々ソロでのパフォーマンスの延長を「跡の前」に投入していました。粟津潔邸内中に置かれてゆく、モーターやソレノイドを備えて連続音を発する機構、スピーカの振動で蠢く物体、タッチスクリーンを穿ち続ける点滴、階段を昇降するように敷き詰められたキッチンタイマー、枯れ果てながらも美しさを保った花、欠損した人形、積まれた本、ささやかな宝物の詰まった小箱、色覚的にも暖かさをもたらすキャンドル、水を吸って傘を閉じる松笠、紙細工の街並み……。互いの行動に反応して次の行動を決定しているであろう場面はあるにせよ、即興演奏におけるインタープレイのような感覚ではありません。

駅のホームに設置されたベンチの上に、まだ温かく、内容物も残る缶コーヒーが置かれていたら、少し前まで誰かがそこにいた“跡”だと認識するでしょう。缶をどけて(捨てて)“跡”の上に座るという選択はもちろんあるでしょうが、多くの人は缶をそのままにして“跡”の横に座るという決定を下すのではないでしょうか。ちょっと例えがネガティヴだったか……(笑)。しかし川口さんと嶺川さんの演奏の関係性はそれに近似するものであると感じました。缶をどけないという選択には、例えの性質上、触るのがキモいとかは往々にしてあるかもしれませんが(笑)、そこにいない人、いなくなった人、その気配への尊敬や気遣いのようなものが含まれていると筆者は思うのです。禁足地、サンクチュアリにも通じるような。そういった聖域は、身の周りに無限に存在し、今この瞬間も生成され続けています。つまるところ、日常の中での反応を抽象化した演奏形態であると感じたわけです。

粟津潔邸は2階と1階を繋ぐルートが離れて2通りある設計となっており、両者が全く出会わず、“跡”のみを頼りに演奏を続けることが可能です。実際、川口さん曰く、公演中の両者はほとんど顔を合わせることがなく、置かれた物体の変化や、オーディエンスの反応によって嶺川さんがそこにいたと認識するのみだったそうです。2023年よりアートスペースとしての運用がスタートした粟津潔邸の内部には、かつて粟津家の人々が暮らしたことを如実に物語る痕跡が数多く残されています。洗濯機が置かれていたであろう跡、日々調理が行われたであろう跡、子供がのびのびと足を伸ばしたに違いない机の跡。そこへ川口さんと嶺川さんの痕跡が加わり、幼少期をこの場所で過ごした粟津ケンさんがにこやかに語りかけてくださったりもする。公演が進むにつれ、時間を超越した“人の営み”という積層に思いを馳せずにいられなくなります。

次いで、その場に“意味”が生成されゆくのを目の当たりにします。因果的決定論に通じる純然たる“現象”を設置し続ける川口さんに対し、嶺川さんのパフォーマンスは非常にシアトリカルであり、行く先々に置いてゆく物体も、行動も台詞も、明確に“失われる生 = 死”を連想させるものです。多くの人が破壊された教室を連想したであろう、散り散りになった紙細工の小さな椅子しかり、腕だけの人形しかり、かつて粟津家の子供部屋であったスペースでのダイインしかり。安易と反論されても構いませんが、川口さんの点滴が野戦病院の嘆きに、ソレノイドが繰り出す打撃音がAKのバーストに、キッチンタイマーの駆動がカウントダウンに聴こえてきます。意図せず絡み合い、回転を続けるゴムチューブと紙テープは、苦悶する若きパラトルーパーそのもの。時間のみならず、空間をも超越した“人の営み”が意味を伴って立ち現れ、戦慄することになるのです。嶺川さんのパフォーマンスは、人の死が存在の偏在化であると思わせるシーンで幕を下ろします。海の向こうの出来事のように感じているかもしれない多くの死、その気配も、わたしたちの日常のあらゆる時間と空間に“跡”として含まれているということです。

あらゆる意味において、オールドスクールでもコンテンポラリーでもあり、軽やかでも重厚でもあり。このお2人にしか成し得ない場が、粟津潔邸にありました。計2日間3公演のうち、筆者は初回を拝見致しましたが、2回目以降は前回終了後の状態から開演するのだそうです。より多くの“跡”が残された中でのパフォーマンスも素晴らしかったであろうと想像します。想像は大切ですね。筆者にとっての「跡の前」は、公演から数日が過ぎた今も日々の生活の中で続いています。

写真撮影:田中雄一郎


Before a trace 3 – Awazu House –

日時:2024年2月24日(土)18:00〜/25日(日)13:00〜/16:30〜
会場:粟津潔邸(神奈川県川崎市多摩区南生田1-5-24)
企画:跡の前/SETENV
制作:KEN/跡の前/SETENV

久保田千史
ウェブマガジン「AVE | CORNER PRINTING」編集部員1/2。個人運営のアーカイヴ・サイト「clinamina」をたまに更新。ベスト映画は『ロボコップ』。