Variations on a Silence——リサイクル工場の現代芸術/Project for a Recycling Plant アーカイヴプロジェクトのウェブサイト
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昇天と茶柱

南隆雄

忘れがたい展覧会。というのはこれまで観た中でいくつかあるけれど、「Variations on a Silence ── リサイクル工場の現代芸術」もそのひとつだ。とはいえ随分前に訪れたのに、なぜ今でもその光景がはっきりと目に浮かぶのだろう。都心から離れた工場での美術展という、その制度を問い直すような秀逸な企画と実行力に唸ったからか。あるいは参加作家が作品を通して、今日的なリサイクルという主題に向けた鋭く批評的な眼差しに感銘を受けたからだろうか。その理由を一点に絞ることはできないのだが結局、この展覧会と僕の個人的な興味のあいだに何か共鳴するものがあったから、だと今は思う。

展覧会の記憶は最寄り駅から始まっている。そこからリサイクル工場までは少々距離があったはずだけど、天気が良かったので歩いていった。その途中にあった、道幅の広い産業道路にかかる大きな陸橋の階段を上ると、平らで妙に見通しの良い風景が広がっていて、眼下にはトラックやなんかの大型車が忙しく行き来していた。

工場に到着して受け付けが終わった後か、あるいはその前か。どこかで階段を登って展示室にたどり着いた。そこから工場内を巡るように順々に展示を見ていった。鑑賞中は誰に会うことも無く、僕一人だった。クリスチャン・マークレーとポル・マロの作品について憶えている。前者はビデオ作品で、高い位置に設置されたモニタに工場でのリサイクル過程の一部がクロースアップで映されていた。後者は巨大な発砲スチロールの直方体を縦位置に林立させた作品で、その上部には伸縮性のある細かい網状のストッキングのようなものが被せられてあり、一部にはペイントも施されていたように記憶している。

クリスチャン・マークレー
《昇天》 2005
撮影:渡邊修

ほかにもいくつかの作品を見る途中、なんどか階段を通過した。そうして受け付けに戻ってくると、若い男性が机に座っていた。そこに冊子のようなものが置いてあって、それを通じてポル・マロが茶柱というレーベルを運営していることを知った。会場を出て同じく駅まで歩いて戻ったはずなのだが、その風景についてはなぜか思い出すことができない。

撮影:渡邊修

おぼろげな記憶を頼りに書けるのはここまで。ではこの展覧会のどのあたりがその頃の自身の関心時と呼応したのだろう。

僕は当時、ジャック・ファン・レネップによって書かれた錬金術と芸術についての本を買求め、豊富に掲載された図版を参照しながら、ボス、ファン・エイク、ブリューゲルといった中世絵画を見返していた。その時代の技術の粋を集めて制作された器具類が、実験室のような部屋にずらりと並び、それらが連結された装置の中を化学物質が循環しながらなにかが生まれる、その魔術的な様相に興味を惹かれていた。これになぞらえると、上記のマークレーの作品はその過程に、ポル・マロの作品はその生成物に、それぞれ焦点が当たっているように思えた。つまり、前者は工場において生成変化するリサイクルの工程とその時間を映像によって捉え、後者はいったん廃棄物となったものを合金的とも言える思いがけない方法で組み合わせて立体物に表したように見えたのだ。錬金術と芸術との間に関連を探し出すことは、今となっては膾炙した方法かもしれない。しかし、これらの作品はリサイクルを単に主題としてだけではなく、その工場の只中で体験することができたのだ。そのことによって、実際の展示作品と、空想的とも言える錬金術との間に、僕は何か妙に説得力のある符号を見出していた。

ポル・マロ
《ミラーズ》 2005
発泡スチロール、アクリルペンキ、生地、アロマポット

高い位置/階段/縦/林立/茶柱。僕にとってこの展覧会を象徴する単語を拾い集めてみると、なにか垂直方向を示すものが並ぶ。作品の造形や内容とあわせて、身体の上下移動についても思い出されるのだ。理由は自分でもよくはわからない。会場設計の意図的な効果だったのかもしれない。あるいはその頃読んでいた、世界のシャーマンのエクスタシーは垂直運動と関わりがある、というようなことを書いていたミルチャ・エリアーデの著作、または登山道を辿りながら山中の寺社に足繁く通っていた当時の経験、などからの他愛ない連想のような気もする。とはいえ、ここで資料にあたってみると上記のマークレーのビデオ作品は「昇天」と名付けられていることを知った。そしてポル・マロの「茶柱」。この両者の仕事は、リサイクルという現代的な主題をきわめて巧みに造形化しているのみならず、同時になにか前近代的なものへの目配せが実にユーモラスに張り巡らされていた。そのようなハイブリッドな視点が当時の自身の興味に響いていた。

ところで僕は最近、パリの路上で見つけたもので日時計を作って写真に収める作業を続けている。経度と緯度そして日付によって規定された場所にそれぞれオブジェを配置することで生まれる偶然の構成と造形を愉しみ、垂直に立てたグノモンの影によって今の時間を知る。仮にもし、この展覧会への参加が叶うならばこの作品を出品してみたいと思ったのだった、もうひとつのVariations on a Silenceとして。

南隆雄 アーティスト
1976年大阪生まれ、現在パリ在住。映像や音響の存在論を考察した静謐なインスタレーションや映像作品で知られる。これまでの個展に北海道立北方民族博物館(2019)、オオタファインアーツ(2016他)、水戸芸術館(2010)、ゲーテ・インスティトゥートハノイ(2009)など。第12回リヨンビエンナーレ(2013)などの国際展にも参加、国立新美術館(2016)、上海21世紀民生美術館(2016)、Palazzo Grassi(2014)などでグループ展や上映多数。また現在、自身がメンバーであるTHE TETORAPOTZ、るさんちまん、それぞれのLPレコードがPotziland Recordsよりリリースされている。