| [最新記事][ログ一覧] | 2001.01 | [←前][次→] |
| 01/01/01 Mon. 01:20 | |||||||||
| 増村監督のデビュー作! 個人的に映画でも音楽でも小説でも処女作には奇妙な思い入れがあり、見逃すわけにはいかなかったのです。(しかし、処女作には作家の全てがつまっている、今後の可能性の萌芽がある、などとよく言われていますが、どうなのでしょうか。) いや、しかし、ほんといいですね。 小生の手に入らなかったものが全てここにあります。なんて。 やっぱり青春映画ですよ。BOY MEETS GIRLですよ。ここから始まらなきゃ、何もできないのですよ、たぶん。 川口浩は魅力的でカッコよい好青年(喧嘩は弱いけど・・・、相手が強すぎるのか)ですし、野添ひとみは、とにかく素晴しく可愛い。「あっ」とか、「きゃっ」とか、それだけでもうOKです。ホントに。 2人乗りのバイクの疾走のシーンは実にスタイリッシュで爽快ですし、水着姿のローラースケートはもう何も言うこともないほどで、全く。 監督の才気をマザマザと感じさせます。 これがデビュー作(当時32歳か33歳)なわけですから、参っちゃいますね、ホントに。 とにかく、この1月は増村保造の映画を見ることに時間を費やすことになりそうです。 結局今年も映画から始まるのか。 | ||||||||||
| 01/01/01 Mon. 02:07 | |||||||||
| あけましておめでとうございます。 今日1月1日は映画の日です。大部分の映画館で入場料金が原則として1000円均一になります。 *ただし休館の映画館もあることに注意して下さい。 ex.ユーロスペース、シネ・アミューズ、ル・シネマ、シネクイント、シネマライズ(全て渋谷) *割引にならない映画館もあります。 ex.シアター・イメージフォーラム(渋谷)[ここは会員になれば安く見ることができます。詳しくは、03-5766-0114まで。] 渋谷において残っているものでお薦めなのはやはり次の2本になると思われます。 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』@渋谷松竹セントラル 9:20/12:05/14:50/17:35〜20:05(終) 『ヤンヤン 夏の想い出』@渋谷シネパレス 10:30/14:00/17:30〜20:40(終) 年のはじめを映画から、というのもいいのではないでしょうか。 20世紀は映像の世紀であったと云われていますが(映画の発明は1895年)、 21世紀はどんな世紀になるのでしょう。 | ||||||||||
| 01/01/01 Mon. 03:24 | |||||||||
| A Happy New Year! 21世紀を迎えたといっても、ボクの日常はいつもと変わらずタンタンと続いていく。 いつも隣には音楽があり、音楽がボクの内に外に鳴り響いている限り、ボクは今日も自分が呼吸していることを実感するのだ。 時に全ては無意味かもしれないと思う。何をやっても、自分がただただ空っぽになっていくばかり。 「今日が終わっても 明日がきて 長くはかなく 日々は続くさ 意味なんかない 意味なんかない 今にも僕は泣きそうだよ」(Fishmans/BABY BLUE) なんて。 ただ、耳を澄ましている。 それはとてもひそやかな音で奏でられるかもしれないからだ。 まだ終わっていない。いや、むしろ、何も始まってはいないのかもしれない。 世界がある。それは決して変わらない。 ただ、耳を澄ましている。 聴き逃さないように。 THE BEATLESを聴き、Brigitte Fontaineを聴き、MILES DAVISを聴き、 THE VELVET UNDERGROUNDを聴き、SONIC YOUTHを聴き、Fishmansを聴き、 Robert Wyattを聴き、TORTOISEを聴き、池田亮司を聴き、BACHを聴いていると、 21世紀がやってきた。 音楽がある限り、ボクはどうにかやっていけるだろう。 そして人生は続く。 | ||||||||||
| 01/01/02 Tue. 01:30 | |||||||||
| 結局見てしまいました。 映画の日でしたし、かなり盛況でした。 ハッキリ言うなら、ちょっと期待外れに終わってしまった、というところでしょうか。 確かに、ビョークの存在感/歌声は素晴しい。献身的なあたたかい人物を演じる カトリーヌ・ドヌーブの存在も大きい。 工場の騒音や日常の物音からリズムを見い出しいきなりミュージカル(セルマの想像/ 妄想の世界)になだれ込むシーンもその違和感が絶妙で、圧倒的で、奇妙に面白かった。 でも、やっぱり不満が残る。 それは物語の構造からくるものなのか。 あの「衝撃的な」結末は、当然予想出来るものだった。今、描かなければならないのは、その結末のあとの世界だと思うので、やっぱり納得できなかったのだ。(ドラマとしてそこに行き着くのはわかるのだけど。) そういうことを気にしてしまう小生がおかしいのか。 隣の方は感動して涙を流しておられました。 小生は釈然としないまま、エンドロールを眺め、席を立ったのでした。 この前見たトリアーの『白痴』(ドグマ95でつくられたもの/『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のひとつ前の作品)も首をひねらざるをえなかったし。 この作品がパルムドールを受賞したのもわかるけど、やっぱり『ユリイカ』ですよ。これこそ、「そのあとの世界」を真摯に描いている。 また、こうなってくると、黒沢清の『回路』に大きな期待を寄せざるをえない。前にも書きましたが、見ようによっては、この『回路』こそ『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のあとの世界を扱っているらしいです。そう思わせる具体的な1シーンもあるとか。(ちなみに、黒沢さんは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を見ていないそうです。) でも、ビョークがお好きな方は間違いなく必見でしょう。CDも出てるし。 小生は久しぶりに彼女の歌声を聴きたくなったし、何かと話題の最近のビデオクリップも見たくなってしまいました。 でもこの映画は彼女にとってかなりハードなものだったんでしょうね。見ていてよくわかりました。「もう映画には出演しない」とか話されているそうですが。 恐るべしは、トリアーですか。今度はどんなものをつくるのだろう。 | ||||||||||
| 01/01/03 Wed. 00:23 | |||||||||
| 元旦、TVをつけたら、NHKスペシャル(「ネットワーク市民が世界を変える」)をやっていて、NapsterとGnutellaについての映像が流れていたので、大部分が知っている情報 ではありましたが、興味深く拝見しました。 やはり、音楽を巡る状況は劇的に変化している、と改めて実感した次第です。 Gnutellaを開発したメンバーのひとりであるジーン・カンが、インタビューを受けて、「インターネットではもはや現実の法は通用しなくなる。ネット上にあるものは全てが共有物だ。著作権なんてナンセンスだよ。」と話していたのが印象に残りました。 *この辺り(21世紀の音楽/Napster/Gnutella・・・)のことは、InterCommunication No.35[NTT出版](最新号)で詳しく扱っているので、興味のある方は参照して下さい。 p.126「ウェブを越えるグヌーテラのP2P革命」(ジーン・カン) p.134「インターネット上の知的所有権と音楽に関する功利的視座」(上院司法委員会ナップスター公聴会におけるジーン・カンの発言の全文) p.169「オープン・エアー・ミュージック 所有とアクセスをめぐって」(武邑光裕) この辺りのことは考えると面白いのではないかと思っています。 | ||||||||||
| 01/01/04 Thu. 00:20 | |||||||||
| 新年早々申し訳ないのですが、情報の訂正をしたいと思います。 まず、増村保造『曽根崎心中』(1978)を監督の最後の作品のようだと記しましたが、これは間違いです。 (今回ユーロスペースでやっている「増村保造レトロスペクティブ」では最も製作年が新しいのですが。) 正確には、『この子の七つのお祝に』(1982)という作品になるみたいです。 また、増村保造『清作の妻』について阿部和重氏が論じているのは、雑誌「CUT」に彼が毎月連載している記事(主にその時公開している映画を話題にしている)においてでした。どうして「花椿」としてしまったのか自分でもよくわからないのですが・・・。 重ね重ねのミス、本当にすいませんでした。 これからは気を付けます。 | ||||||||||
| 01/01/04 Thu. 00:46 | |||||||||
| まさに「増村・後期の傑作」と呼ぶに相応しい作品。 しかし、何が凄いって、原田美枝子さんの演技/存在感ですよ。賞を総なめにしたことに心から納得しました。はい。 とにかく原田さん演じる少女・りん(13歳から16歳までですか)のパワフルさには圧倒され、食い入るように見てしまったわけです。よく走るわ、よく怒るわ、グーで人を殴るわ・・・、すこぶる魅力的なのですよ。小生も『ばかたれがっ!』と罵られたい、と思ってしまいました。なんて。(それはともかく、方言が最高です。) その強い瞳、凛とした頑な表情には痺れました。 映画の話法としては、現在(お遍路さんをしている)の時制を挿入しながら、どうしてそこに至ったのかを時系列的に描くという感じです。そういえば、このような話法は『曾根崎心中』でも使われていました。(もっともこちらの場合は、ふたりが心中に向かう場面が挿入され、どうしたそうなってしまったのかを綿密に描いていたわけなのですが。) とにかく、濃厚なドラマです。ずっしりとくるものがあります。 | ||||||||||
| 01/01/06 Sat. 00:46 | |||||||||
| 以前このBBSで話題にのぼった刀根康尚氏について、音楽家の足立智美氏が『図書新聞』の最新号(1月3日付)に紹介記事を書かれています。 今月は刀根氏の来日公演があります。 | ||||||||||
| 01/01/06 Sat. 02:44 | |||||||||
| Contrapuntistさんのイベントについて、場所の選び方がまずかったとmikoさんが書いていましたが、setenvの路上イベントも渋谷でやったんですよね。それも書いてあったか。 setenvが公園通りでパフォーマンスをやったのが12月9日、17歳の「少年」が東口でバットを振り回したのが17日、Contrapuntistが宮下公園でパフォーマンスをやったのが29日。 なんで路上パフォーマンスをやろうとすると思わず渋谷に行ってしまうのだろうか。 | ||||||||||
| 01/01/06 Sat. 03:08 | |||||||||
| 改めて刀根さんについて簡単に紹介したいと思います。 「刀根康尚。60年に、小杉武久らとグループ音楽という即興演奏の集団に参加。フルクサスに参加し、65年には、日本初のコンピューター・アートのコンサートを企画する。71年、美術手帳の編集顧問をつとめ、一級の資料と今でもその価値が高く評価されている『現代美術の50年』と題された400ページにおよぶ年表を作成し、同誌上にて(72年4、5月号)に発表する。72年に渡米、ニューヨークを中心に活動し、93年、ロバート・アシュレイが主催するLOVELY MUSICより、初のアルバム『MUSICA ICONOLOGOS』を発表、96年ジョン・ゾーンが主催するTZADIKから『SOLO FORWOUNDED CD』をリリースする。」 (以上、TOWER RECORDSが出しているフリーペーパー「musee」vol.28/P.42より 引用) 実は、「musee」の記事で刀根さんのことを詳しく知ったのですが、このインタビューは必読です。とにかく、一読して、その先進性/思考の深さ/発想の鋭さ/ ユーモア・・・に驚嘆したのでした。本当に凄い方です。 今回のイベントは、芦屋市立美術博物館(ここで小杉さんの展覧会もあったらしい)のキューレーターの方が企画されたのが発端で、資金調達の問題などから3都市の美術館で行うことになったそうです。まず目をひくのが、愛知で行われる企画ですね。このコンサートのラインナップ/顔触れはちょっと凄いです。近かったら是非とも行きたいのですが。 東京では、初台にあるオペラシティアートギャラリーでソロ・パフォーマンスが予定されています。 刀根さんは現在ニューヨーク在住で、滅多に来日されないそうなので、足を運ぶ価値は十分にあると思います。 1960年代のこの周辺の動きは現在改めて検証してみますと、色々面白いものが出てくるような気がします。実際、刀根さんは、現在に至るまで、凄く面白いことをされているわけですし。 | ||||||||||
| 01/01/07 Sun. 23:35 | |||||||||
| 『STUDIO VOICE』の最新号(2000.2)にも刀根さんについて触れられた竹田賢一という方の文章が載っていました。60年代前後の日本の他の前衛音楽/芸術の流れとの関わりを記述されていて参考になります。 なお、カレンダーのページにある、刀根氏の曲「Solar Eclpise Xcerpts」へのリンクを張り間違っていました。同じページのとなりにあったオノ・ヨーコの音のファイルにリンクしてしまったので……。修正しておきました。すみません。 | ||||||||||
| 01/01/08 Mon. 00:15 | |||||||||
| 川村記念美術館の「フランク・ステラ展」を見ました。 同館の収蔵品である47点が一堂に展示されています。 ステラの作風は、大きく言って2つの時期に分けることができるようです。 前期は、平行する黒い直線の帯が画面を埋めつくすいわゆるブラック・ペインティングや、描かれるストライプの織り成す幾何学的な形体がキャンヴァスの形を規定するシェイプト・キャンヴァスと呼ばれるシリーズによって特徴付けられるミニマル・アートの時期。 それに対して後期の作品は、60年代の末頃から次第にカラフルになり、曲線が導入され、立体化し、巨大化していきます。それはほとんどキッチュな印象を与えます。 今回の展示では後期のステラの華やかなレリーフ作品を一堂に見せた後、初期のミニマルな作品を小さな部屋で見せるという、実際の展開とは逆の順路になっていて、ミニマリズムの衝撃がいくぶん霞んでしまう印象を受けました。「What you see is what you see」と言い放ってミニマルな画面に徹していた頃のステラにあこがれがある私としてはその点が多少残念でしたが、とはいえ見応えのある展示ですし、ミニマリズムの作家がなぜこのように転回していくことになったのかを考察する意義はあると思います。 | ||||||||||
| 01/01/10 Wed. 03:00 | |||||||||
| 佐々木敦氏が、InterCommunication No.35(「特集・21世紀のための音/音楽ガイド」)で取り上げておられる、Kaffe Matthewsの以下のCDを聴きました。 KAFFE MATTHEWS + HAYLEY NEWMAN 『pointy stunt』 「ロンドンの女性サウンド・アート・デュオ。ニューマンがパフォーマンスで発生させた音をマシューズがリアルタイムにサンプリングして加工する。"Suit"は14個のマイクを内側に縫い付けたつなぎのスーツを着て暗闇で踊る。"Shoes"はヒールにモーターを仕込んだ靴でマイクを仕込んだ箱の上に立つ。"Scales"は音響装置に接続したデジタル体温計にいろいろなオブジェをのせる。全てライブ録音。」(ロクス=ソルス・カタログより引用) 個人的にはかなり興味深く聴きました。(発想も音自体も。)やはりこのようなことを考え、実際に行われている方がいるのですね。こういうのは結構好きです。ぜひともこの目で見たい/聴きたいものです。 佐々木氏はこの作品について次のように書かれています。 「ややアカデミックで硬質なイメージもあるマシューズだが、彼女の作風には、英国的なスラップスティック・ユーモアが、明らかに感じられる。それを如実に示したのが、女性パフォーマンス・アーティスト、ハーレイ・ニューマンとの共同名義でリリースされた、現時点での最新アルバム『pointy stunt』である。レーベル運営も行っているウィーンのアートスペース、リズと、ロンドンの2ケ所でのパフォーマンスの3つのパートから成るアルバムで、衣服やアクセサリーなどにたくさんのコンテクト・マイクを装着したニューマンが、2台の秤でさまざまなオブジェの質量を計ると、それらがトリガーとなってサウンドが発生し、マシューズがそれをリアルタイム・サンプリングして加工する、という趣向である。写真を見るかぎり、かなりコミカルなムードをもったパフォーマンスだったようなのだが、音自体は鼓膜をつんざくハーシュ・デジタル・ノイズであり、その落差が非常に面白い。マシューズは他にもユニークな発想のパフォーマンスやインスタレーションをいくつか発表している。」 マシューズについては、彼女自身のレーベル、アネット・ワークスのホームページを参照して下さい。 彼女はここから『Ann』『Bea』『Cecile』という3枚のアルバムを発表しています。ここでの彼女のスタイルは、ヴァイオリンによるフリー・インプロビゼーションを、リアルタイムでサンプリング/プロセッシングして加工、変形するというものです。 『pointy stunt』では、ラップトップ・コンピューターのみを演奏に使っているようです。 なお、彼女は今年初頭に初来日されるらしい。これは楽しみですね。 *以上の情報も佐々木氏のInterCommunicationの文章から。 | ||||||||||
| 01/01/10 Wed. 03:14 | |||||||||
| 音楽家の足立智美氏のアルバム『ときめきのゆいぶつろん』"sparkling materialism" を聴きました。 全部で17曲入っていて、それらは、「voice,body,electronics and self-made instruments」でつくられているそうで、かなりの快作/怪作に仕上がっています。 ジャケは可愛いクマのイラストなのですが、いい意味でハードコアな面白い音になっています。 *この作品はタワーレコード渋谷店5Fで試聴できます。 | ||||||||||
| 01/01/10 Wed. 05:32 | |||||||||
| 青山ブックセンターでのトークショーを見てきました。 マドラ出版の編集の方が司会をされて、「おふたりが知り合いになったのはいつですか」とか、話そのものはファンにとって以外あまり意味のない他愛ないものだった気がします。途中スライドショーがあり、長島さんはご自分の家族のアルバムから子供の頃の写真などを、ホンマさんは御自身の撮られた長嶋さんを被写体とする写真を、それぞれ見せてくれました。 話を聞いていると、ホンマさんはコンセプトのしっかりした人で、まわりの写真の潮流や自分の写真の見られ方を冷静にみきわめて自分の位置を決めているという感じでした。あまり具体的に批評的なことを喋っていたわけではないのですが。もっと、たとえばカタカナのシノヤマキシンについてどう思っているのかとか話してほしかったですね。 そういえば、『広告批評』の最新号(2001.1)に長島×シノヤマ対談が出ていました。 | ||||||||||
| 01/01/11 Thu. 00:34 | |||||||||
| 私も行ってきました。というよりrinoさんにご一緒しました。 確かに、rinoさんの言うように批評的な話は少なかったですし、 内輪っぽい印象は否めませんでした。でも、ずっとこないだの 佐内さんよりはましかも。 ホンマさんに関しては、イメージが変わったところもありますね。 彼は確かに冷静に周囲も自分の位置も把握しているように思い ましたし、戦略的だなあとも思いました。ただ、一枚一枚を大事 にシャッターを切る長島さんの方が、私は共感できるかなあとも。 まあ、他にも作り手の側からすると幾つかためになったものも。 例えば、長島さんの留学時代のアメリカの写真教育の感想として、 「見た目がつまらなくてもコンセプトがはっきりしていれば評価 される雰囲気。」という話もありました。私は、学校で教わって 写真を撮っているわけではないから、日本はこうだとも言えません けど、それに拒否感を持つ長島さんに近いかなと思う。写真て、 絵画よりもずっと平面的なモノだし、ある意味「見た目」全てみたい なところがあると思いますけど。 あと、ホンマさんの「写真は量で見せた方がいいんだなあと改めて 思った。」という長島さんの写真集について述べたコメントも考え させられるところがありました。写真はジャンルとして確立している 割には、文学や映画に比べると「これすごい」的な感動を受けること が少ないような気が自分自身しています。逆に、ページを自分のペース で繰って一冊の写真集を鑑賞見終えた時の、妙な安心感ていうのは 逆に他のジャンルではあまり味あわないかなと。つまり、写真一枚の インパクトと、ポートフォリオとしてのインパクト(あえて、作品の 価値みたいな言葉は避けます。)みたいなことを考えさせられました。 | ||||||||||
| 01/01/11 Thu. 16:53 | |||||||||
| 渋谷のタワー・レコードでカールハインツ・シュトックハウゼンのCD『Stockhausen 3』(Stockhausen Verlag)を見つけました。「コンタクテ」や「少年の歌」など初期の重要作品を含むにもかかわらず、なかなか手に入らないものだったので(以前店員さんに聞くと「注文してるんですけど来ないんですよ」とのことだった)、大枚はたいて購入しました。高いのにジャケが異常にかっこわるい。 足立智美氏のCDは、試聴機がこわれていたのか、何故か聴けませんでした。残念。 そのあとアップリンク・ファクトリーも覗いてきました。 ダムタイプ作品(『Pleasure Life』『pH』『OR』)は当初の日程を伸ばして、各作品をあと1回ずつ上映するようです。人が入っているのでしょう。昨夜の『Pleasure Life』も人があふれて立ち見が出ていました。その前の土方巽のプログラムは3人くらいしか入っていなかったんですけど。 UPLINKではゴダールとポランスキーの初期短編(1/18 - 1/20)、黒沢清の初期作品『地獄の警備員』(1/23, 24)などの上映も興味を惹かれます。 http://www.uplink.co.jp/ | ||||||||||
| 01/01/11 Thu. 23:57 | |||||||||
| 東京造型大学・アート&メディアテクノロジーコースが主催する展覧会「メディアの理解」が、12日(金)から18日(木)まで、新宿パークタワー・ギャラリー3で行われます。(開館時間:10:30〜19:00 最終日は14:00まで/入場無料) そこで12日(金)にギャラリートーク『メディアの表現が目指すこと』 (桂英史×四方幸子)が行われます。[17:00〜18:30] 桂さんはメディア研究で有名ですし、四方さんはキャノン・アートラボのキューレターをされていて、メディア・アート関係の専門家でもあるので、このお二方のトークは聞く価値があると思います。 詳細は以下のホームページで確認して下さい。 http://www.zokeinet.com/amt/ | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 00:22 | |||||||||
| いよいよ今月20日から『EUREKA』(青山真治監督)がテアトル新宿にて公開されます。とにかく必見の映画です。映画館で見ることを強くお薦めします。 あのプレミアムナイトからはやもう1ヶ月が過ぎ去ってしまったのですね。この映画を見た衝撃というか余韻・・・は未だに小生を捉え続けています。 (プレミアムナイトのイベント報告の続きは書く予定だったのですが、年末年始色々あり、ここまで来てしまったので大変申し訳ないのですが、取り止めにします。すいません。やはりすぐ書かないと駄目ですね。) さてさて、本題に入ります。 13日(土)に『EUREKA』特別先行オールナイトが テアトル新宿(03-3352-1846)にて行われます。 詳細は以下の通り。 23:30〜/3:30〜の2回上映 [料金]¥2500均一 *当日12:00よりWポストカード(カンヌ版/国内版)付き定員制で当日券のみ販売 一足早く見るのも十分アリです。 ちなみに公開初日20日には主演の役所広司氏らが舞台挨拶されるみたいです。 | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 00:35 | |||||||||
| 以下の情報を入手しました。 映画『EUREKA』公開/小説『ユリイカ』刊行記念・青山真治監督サイン会 日時:2001年1月25日(木)19:00〜20:00 場所:青山ブックセンター新宿ルミネ2店*開場が変更になる場合がございます。 参加方法:新宿店・ルミネ2店にて小説『ユリイカ』をお買い上げのお客さま先着100名様に整理券を配布いたします。 お問い合わせ:03-3340-2420 青山監督もお忙しい中大変ですね。 | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 01:14 | |||||||||
| BBSのフォント・サイズを変更してみました。 少しは見やすくなったでしょうか。いままで見にくくて苦労していた方、ごめんなさい。 メインページもリニューアルに向けて少しずつ作業中です。 今後ともどうかよろしくお願いします。 このサイトについてのご意見・ご要望などもお待ちしています。 | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 23:24 | |||||||||
| もうそろそろ終わってしまいますが、デ・キリコの展覧会(Bunkamura)は、なかなか良かったです。特に初期の1910〜20年代の作品(形而上絵画と呼ばれるもの)に、ある種の時代感覚の鋭さを感じました。 例えば彼の画面上に一見無関係な要素や非現実的な物体が己を主張しあっているのは、パリの街路に折り重なるように貼られた広告ポスターの図像が与える視覚的効果を反映しているようだし、またデ・キリコの主要なモチーフであるマネキンも、ショーウィンドウでの商品ディスプレイという、同じ文脈に属するものであると思えました。 たまたま最近読んだ Tag Gronberg "Beware Beautiful Women: The 1920's manequin and a physiognomy of effacement" (Art History vol.20, 1997) なる論文によれば、それまでのリアルな鑞人形風なマネキンに替わって顔のないモダンなマネキンが一世を風靡したのが1925年のパリ万国博前後のことであったそうです。 かような商品の都としてのパリに、デ・キリコは古代の神話的なもの(「ペリクレス時代のアテネ」)を重ね合わせて幻視していた。それがあのような絵画になったのではないか。 これがマグリットになると、広告が絵画に与えたファッシネーションとしてのシュルレアリスムが再び広告表現へとフィードバックされていくということになるのでしょうか。 デ・キリコは自分の絵画を記憶の呼びかけであると考えていたようですが、確かに絵画(あるいは芸術作品)とは、ある時代の記憶が圧縮されたアーカイブのようなものなのではないかという感想を持ちました。 | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 23:34 | |||||||||
| 東京都現代美術館の「ギフト・オブ・ホープ 21世紀アーティストの冒険」展。 全体の傾向としては、観客に何かをさせる参加型/体験型の作品や、ワークショップ/アウトリーチ型のプロジェクトをプレゼンテーションするというものが多かったです。そのような美術の提示のしかたはずっと前からあったものだとは思いますが、ここ最近さまざまな理由からひとつの傾向として注目すべきところまできているようです。 といっても、ここに集められたそれは、観客にぬりえをさせる、おりがみを折らせる、手紙を書かせる、お店のようなことをする、などであって、なぜそのようなものに参加させたいのかよくわからないものがほとんどなのですが(もちろんそれぞれいかにも“アート”らしい理由がついてはいる)。 「ギフト・オブ・ホープ」といい「21世紀アーティストの冒険」といい、新しい始まりへ向けて何か明るくひらけた展望を打ち出したいという雰囲気が感じられます。オープニング・レセプションでは「ようこそ、アートのワンダーランドへ」とか学芸員さんがスピーチをしていました。 しかしそういったトーンから微妙に外れてたヴィジョンを示した作品もありました。明るげなトーンのおかげでそういう部分がかすれてしまうとしたら残念です。 キューバ出身のカチョーによる、亡命を求めて漂流する難民を想起させる空っぽのボートのインスタレーション、ヤノベケンジによるチェルノブイリ原発事故を主題とした「アトムスーツ・プロジェクト」、大岩オスカール幸男と音楽家のオノ・セイゲンによるノアの方舟をモチーフにしたインスタレーションなど。 その中でもカチョーの作品はなにか孤立したものを持っていたように思います。この企画展のコンセプトとは無関係に作成されたものなので(これは一昨年のベネチア・ビエンナーレに出展された)当然と言えば当然かも知れませんが。 | ||||||||||
| 01/01/12 Fri. 23:51 | |||||||||
| 書き込みが続いてしまいますが……。 黒沢清監督トークショウ 「映画は恐ろしい(仮題)」(青土社・2月刊行予定)刊行および新作「回路」公開記念 日時: 2001年2月12日(月)18:00〜20:00 会場: 青山ブックセンター本店 カルチャーサロン青山 お問い合わせ先: 03-5485-5511(10:00〜22:00) 参加方法・注意事項: 定員100名様、要予約(03-5485-5511/10:00〜22:00)、入場無料。 http://www.aoyamabc.co.jp/public-html/abc-fair/fair-event.html#kuro | ||||||||||
| 01/01/13 Sat. 00:23 | |||||||||
| rinoさんが書き込みされた黒沢監督のトークショー、及び本の情報に驚いております。 いや、このトークショーは駆けつけるべきですよ。当然プロモーションの一環だと思いますが、最近の黒沢監督の充実ぶりを考えるに、それだけでは終わらないような気がします。 しかし、2月に青土社から刊行される『映画は恐ろしい』というタイトル(仮だそうですが)を持つ本には奇妙には惹かれますね。 黒沢監督の本といえば、たしか4〜5年前に出版された『映像のカリスマ』というもの(タイトルが少々異なるかもしれません/出版年もハッキリ覚えておりません。すいません)がありましたが、小生はまだ未読です。この本には雑誌などに黒沢さんがお書きになったものが収録されているようです。『CURE』以前ではありますが、黒沢監督の思考の形に触れるひとつの大きな手がかりにはなるでしょう、きっと。 待望の新作『回路』の公開、本の刊行・・・、黒沢監督から目が離せませんね。 | ||||||||||
| 01/01/13 Sat. 01:25 | |||||||||
| このホームページのカレンダーで、「増村保造レトロスペクティブ アンコール」が取り上げらていますね。 12月になってからやっと『盲獣』を見て、それ以来増村監督にやられっぱなしの小生としましては、強く強くお薦めいたします。全てがビデオ化されているわけでもない彼の作品を短期間にかなりの数をまとめて見ることができるのは本当に貴重で幸せなことなのですよ。とにかく彼の作品は全く古びていない。青山監督がおっしゃっているように、「剛速球の正義は普遍」なのです。「そんじょそこらの映画ではない」のです。ホントに。 とにかく声を大にして言いたいのは、このレトロスペクティブをいわゆる一部の映画好きの方々のものだけにするのはあまりに勿体無いということです。(小生自身もどうしようもないシネフィルのひとりではありますが、とりあえずそのことは置いておいて。)アンコールが決まったことからもお察しの通り、このレトロスペクティブには御年配の方から若者まで幅広い年齢層の方がお越しになっているようですから、そのような危惧は徒労に終わったと言えますが。 リピーターの方は多くいらっしゃるみたいですが、まだ見ていない/見たいけどどうしようか迷っているという方も多いと思われます。 小生はそういう方にこそ思いきってユーロスペースへ足を運んでほしい、と思うのです。決して損はしません。まず最高に面白く、楽しめます。俳優の存在/演技を心から堪能できます。そして、多くの衝撃/発見に戦慄するでしょう。(だからこそ「剛速球」なのです。)少し大袈裟かもしれませんが、人によっては、人生を変える(世界を変える)きっかけを与えてくれるかもしれません。それほどの映画なのです。 残り後2週間。見逃すと後悔しますよ、きっと。 | ||||||||||
| 01/01/13 Sat. 02:37 | |||||||||
| Marisa Monteの、昨年末に出たアルバム"memories,chronicles and declaratons of love"を聴きました。 しかし、お美しい方ですね。もちろん歌声にも惹き付けられます。 「エロティックな優雅さ」とでも言いましょうか。 (LIVEで聴く/見るのが最高なんでしょう、きっと。) サウンド的にも実に面白い。さすがにその辺りは彼女と共にこの作品を プロデュースしたArto Lindsayのセンスの高さですね。素晴しいです。 しかし、最近ブラジルものをよく聴いてますね。 そういえば、カエターノ・ヴェローゾの新作及び彼の息子のデビュー作(だったか?)も発売になっていました。 | ||||||||||
| 01/01/13 Sat. 21:55 | |||||||||
| ワタリウムで明日(14日)まで行われている企画展です。 サブタイトルは「幻想空間体験展」、チラシには「21世紀版の『マジック・ハウス』」などと謳われております。「ギフト・オブ・ホープ 21世紀アーティストの冒険」などもそう感じるのですが、どうしてこんなタイトルやコピーをつけるのだろう。アートを“身近”にするためでしょうか。 この展覧会については『InterCommunication』の最新号(No.35)にヒルのインタビューが掲載されている他、『美術手帖』の2000年11月号に市原研太郎氏の硬派な評論が出ていて、それぞれ興味深く読みました。 それらを読んだ後にこんなことを書くのはちょっと間の抜けた感じがするけど、展示を見ての私の感想は、「嫌いでもなかったが、特にはっとさせられるものもなかった」という感じでした。 音楽でも、いずまいを正してさあ聴きましょうといって聴けるものと、ただBGMとして流しておけばいいものとがあるように、今回の展示も、流しておけばいいタイプのものであったように思いました。 エリック・サティは自らの音楽が「家具」のように扱われることを標榜したけれども、インスタレーションというものも一種、家具的に扱われることを望む芸術であって、そのことはヒルの作品でも特に「ウォール・ピース」とか「ローリン・ルームミラー」といった〈家具的〉なタイトルによく現れていたんではないかと。だから展示室の壁面に投影された「ウォール・ピース」を見ていたとき、その壁面にあった扉がいきなり開いて中から仕事中の館員さんがまるで無関心な様子で歩いて出てきたのには、軽く驚いたと同時に、スクリーンの正面でひざをそろえて見ていた自分とひき較べてその享受の仕方の〈正しさ〉にほとんど羨望を覚えたのでした。 | ||||||||||
| 01/01/14 Sun. 00:44 | |||||||||
| 14日(日)/15日(月)の2日間に上映されるものは次の5本になります。 『青空娘』('57):増村保造が若尾文子と初めて組んだ作品。(監督第2作目になります。) 若尾さんの瑞々しい魅力といったら、もう太刀打ちできません。ただのメロドラマには終わらない快作です。 『妻は告白する』('61) 監督にとっても若尾さんにとってもターニングポイントとなったと言われている傑作。とにかく必見。 『「女の小箱」より 夫が見た』('64) 若尾文子、田宮二郎、川崎敬三、岸田今日子、それぞれの役者さんが魅力たっぷりに演じています。「夢と私、どっちを取る?」という、女の情念を演じる若尾さんも見事ですが、岸田さんの女の妄執の演技も圧巻。 『卍』('64) 言わずと知れた谷崎潤一郎の小説の映画化。まさに代表作の1本ですね。「粋を極めた増村保造の演出と小林節雄のカメラワークが、同性愛だけでなく男女の性愛も含め奔放な性を生きる光子=若尾文子に聖母のような美しさを与えている。」 『赤い天使』('66) 個人的にこれまで見た中では最もダイレクトに入ってきた作品。もうここまでやられてしまうと、手を上げて降参するしかありません。ある意味打ちのめされました。ラストのショットの連鎖にも参りました。凄過ぎます。「日本以上にフランスで評価された代表作の一つ。」 5本全てが、増村×若尾の傑作/快作ばかりです。時間のない方でもまずこの5本を御覧になれば、増村監督作品の魅力/凄さの一端に確実に触れることができるでしょう。(あと、この5作品に16日(火)に上映される『清作の妻』('65)/『刺青』('66)をプラスすれば、増村×若尾の一般的に評価の高い作品をほぼ網羅できることでしょう。可能なら20作品全て見たいところですが。) そして、とにかく、もうどうしようもないほどに素晴しく、お美しい、若尾さんの表情/佇まい/仕種/声・・・に釘付けになることでしょう。 | ||||||||||
| 01/01/15 Mon. 01:13 | |||||||||
| rinoさんの「デ・キリコ」展のReview、大変興味深く読ませて頂きました。 自分は「形而上絵画」と呼ばれている時のものが結構好きだったりします。 その画面には、やはりその時代の感覚が刻み込まれているように思います。 "ある種の時代感覚の鋭さ"、同感です。 どうでもいいことかもしれませんが、彼はその後この時代の自分の作品を一度否定しているのですよね。 "絵画(あるいは芸術作品)とは、ある時代の記憶が圧縮されたアーカイブのようなものなのではないか"、なるほど。 少々話はずれますが、最近「記憶」ということをモチーフにした作品がかなり 多く発表されていますよね。 dumb typeの『memorandum』もそうでしたし。 そういえば、現在、横浜美術館で行われている展覧会のタイトルも 『現代の写真2「反記憶」』でした。(この展覧会は今月21日までです。) | ||||||||||
| 01/01/15 Mon. 12:59 | |||||||||
| ticoさんの書き込みの「反記憶展」行ってきました。 私は、4年前に同美術館で行なわれた「失われた風景展」の 方が分かりやすかったと思いますが。前半の砂田智子さんの 作品や、「ヴィトゲンシュタインの家」などは上手く写真の 持っている平面性を生かしているかなとも思いましたけれど。 展覧会のコンセプトは 「前回は、『失われた風景−幻想と現実の境界』と題して、 現代の写真が必ずしも現実を『真実』として提示するのではなく、 日常のさりげない風景や、あるいは作家の心象風景、また演出 された状況の中で捉えられた風景のなかに、よりリアルな『風景』 を示そうとした作家、作品を紹介しました。今回は、写真に加えて ビデオや映像の作品を通じて、前回の展覧会の主旨も踏まえながら、 イメージの新たな捉え方を国内外の作家を通じて紹介するものです。」 となっています。という流れからすると、写真が現実をコピーしている のと同じように、写真はある時点の記録(≒記憶)を残しているという イメージに対する異議申立てなのかなあとも思いました。そう思ってみる とそうかもしれないという程度の気もしました。 蛇足ですが、横浜美術館の写真のコレクションには驚きました。常設の 写真の方に、ロバート・フランクやダイアン・アーバスの貴重な作品が 収められています。「反記憶展」の方は、今週いっぱいですが、常設写真展 の方も忘れずにご覧になることをお勧めします。 | ||||||||||
| 01/01/15 Mon. 23:35 | |||||||||
| 13日に小生が書き込んだ、黒沢清監督の本についての正確な情報です。 黒沢清「映像のカリスマ」(1992) \2601(税別) [フィルムアート社] 思ったよりも古かったことにびっくり。何と9年前です。 黒沢監督はこの1992年にはあの『地獄の警備員』を撮っています。 (この作品は今月UPLINK FACTORYで上映されるみたいですね。ジャンルとしてはホラーになりますが、この映画に漂う「怖さ」は尋常じゃないものがあります。奇妙に引っ掛かってくるのです。) しかし、この頃からタイトルに「カリスマ」とつける辺りが彼らしいですね。 そういえば、既にこの頃には『カリスマ』の脚本ができていたのだったか? 新作の『回路』も一応企画としてはホラーということから始まったそうですが。 1992:『地獄の警備員』/「映像のカリスマ」 2001:『回路』/「映画は恐ろしい」(仮題) この符号は何を意味するのか。なんて。 しかしながら、比べて見てみると(読んでみると)、いろいろ面白いことになるかもしれません・・・。 | ||||||||||
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